「天中殺は心の成長期」その心の在り方とは

天中殺だから怖いことが起こる

天中殺だからヤバイことになる

そんなことは、ありません!と、ずっと道子はそう伝えてきています。


例えば、右腕がなんだか痛い・・・ずっと痛い、なかなか治らない・・・、と思っていたら今度はギックリ腰になっちゃった!

そんなとき「え?なんで?え?今って厄年だっけ?天中殺!?え?なに?やだ怖い!」と思ってしまうこと、ありますか?


私たちは、たまたま「天中殺」ということを知ってしまったがために「うわー!天中殺じゃん!」と思ってしまうんですよね。

天中殺でもなく厄年でもなく、怪我することもあれば病気することもありますよ。


もし天中殺なんて知らなかったら、知らなかった頃なら、1つ2つ不運が続いたところで「まぁ、そんなこともあるね。」「なんだかイヤだね・・・」「またー!?」とか、まぁそれくらいで済む場合がほとんどじゃないですか?


どんなことが起きたって、現実そこで暮らして、そこで仕事して、そこで生きていくには、いちいち怖がってばかりじゃいられません。

現実、毎日「時は過ぎゆく」わけですから、今日がダメも明日はイイ!そんなことだってあるんですよね。


何かが起きたなら、じゃあどうしたらいいかな?

注意しながら進めていこう、みんなで協力しながら、支え合いながら進めていこう、誰かに相談してみよう、気分を変えてみようかな、そんなふうに思ったら良いだけの話しです。


ただ怖がる人

ただ心配する人

ただ不安に駆られる人

これはね、全くもって成長もなければ人生に進展も起こりません。


確かに、天中殺のときって大なり小なり「あちゃー!汗」ということもあります。

だとしたら「どうしたらそれを防げたか」「どうしたら災い転じて福となせるか」そういったところへ思考を転換させると良いです。


いつも同じ失敗をする人

いつも同じことで起こられる人

いつも同じパターンで人との縁が切れる人などなど

「じゃあ、どうしたら良かったかな?」と、自分の言動なりを省みてみることです。


どう転じていくか・・・!
自分次第なわけです


私が算命学を学び始めた頃の出来事

授業に向う電車が緊急停止。

大遅刻をしそうになって先生に連絡をしました。

私も先生も、なんとか間に合うように、なんとか授業を受けられるように、逐一状況を伝えつつ電車の中でヤキモキしていました。

そして最終的には、これはもうキッパリサッパリ今日は諦めよう!と思って先生に欠席を伝えました。

すると先生から「今日は、私も道子さんも天中殺日ですね。予定には無かった空の時間を手に入れることが出しましたね。その時間を楽しみましょう。」とお返事をいただいて、天中殺って、そう捉えたらいいのか!と衝撃でした。

悪いことのように捉えていたので、そんなふうに思っていいんだと知って嬉しくなったし、そのような心の在り方を教われたのは幸運でした。


私も学び始めた頃は、天中殺のたびにビクビクしていたし「どうか何事も起きませんように!」と心の中でひたすら祈っていましたから。笑


それでもね、今でも心配になるし、多かれ少なかれ何かはあるんですよ。

でもね、何かは起きたりするんですけど、そこに「いちいち自分で不安を煽らないほうが良い」ってことなんです。


なので、道子の天中殺暦カレンダーも、あえて何かあったときだけ見て欲しいくらいです。


何かあったとき、カレンダーを見て天中殺日だったら
「あー、今日は天中殺だったか・・・じゃあ、しゃーないね。」と、一旦深呼吸です。

そして冷静に対処すれば良いだけの話し。


カレンダーは、すごく嬉しいことがあったときにも見てみると良いかもしれません。

物凄く嬉しいこと、物凄く良いことがあった日が天中殺日だったら、どう思うかな?


人間て案外と現金なもので、都合良く解釈が出来ちゃったりするんですよね。


天中殺のときって、やっぱりどこか心が不安定になりがちですから、心配になったりモヤモヤしたりイライラしたり、ガタガタして不安定なんですよ。

だからこそ大切なのは「一旦冷静になる!」です。

そしてガタガタが落ち着く天中殺明けを待つことも大切ですね。


天中殺に早まってしまうと、小さなことなら取り返しもつくけれど、失ったものはデカイ・・・、みたいなことにもなりかねませんから。


なので、やっぱり「一旦冷静になる!」です。

そのための天中殺暦カレンダーかなと思っています。


余談ですが・・・

道子の直近の天中殺でやらかしたこと、起きたこと、どう捉えて、どう思ったかを、ちょっと書いておきますね。

不安定な日の買い物は「あー、今日は天中殺日だから買わないでおこう!」って思うのに、頭と手が反対になるというか・・・

分かっているのに買ってしまって、後でサイズ違いだったことに気付いて、しかも何も考えずタグも切ってしまって返品するにも、もう・・・

という失敗すること、私は未だにあります。


分かってたのになー!!って、すっごく落ち込みます。笑

でも、次からはサイズや色や形やタイプ違いとか、もし天中殺日に買いたくなっちゃったら、そういうところは念入りに注意して確認しようと思いました。


また別日のこと

車に乗っていて、帰り道。
この道で帰るなら、パン屋さんによってパンを買おうと思いました。

パン屋さんへの曲がり道を間違えて通り過ぎてしまって、あー、それなら無理に買いに行かなくてもいいな(今日、天中殺だし)・・・と思ったのに、また手と頭が反対になるというか・・・

もうパンは買わずに帰ろうと思っているのに(天中殺日だし無理に買いに行かなくてもいいやって頭では分かっているのに)ハンドルを切って次の曲がり角を曲がって・・・

なのに!パン屋さんを通り過ぎてしまって!

いつもはスッと辿り着くパン屋さんに辿り着けない!
こんなことある!?ってうくらい!

あー!もうダメ!こういう日は黙って帰るべきだよ!

と、頭では思っているのに、なんだかここまできたら諦めがつかなくなって、また引き返すという・・・苦笑

結局、パン屋さんには着けたけど、パンの残りが少なくて欲しいパンも買えず・・・

散々だわー!(分かってたのに!)と思ったけど
これもまたネタにできるし、まぁいっか。と思うことで心を収めました。笑


私のパターンは「分かっているのに」っていうところですねー・・・

くぅうううう!!分かっているのにーーーー!!


こうして自分のパターンを見つけることも大切なことですから、みなさんも自分のパターンを探ってみて、そのパターンに嵌らないようにするのも大難を小難に小難を無難にするコツです。


そして、物凄く良いことがあったとき、物凄くイヤなことがあったとき、自分は何が嬉しくて何がイヤなのか、
天中殺だなんだと考えるよりも、自分の心の揺れを感じたとき、何に対しての怒りや淋しさなのか、何が自分にとっての喜びなのか、よくよく自分を考察することです。


小難くらいなから仕方ないと思えるし、そうやって自分で運気の流れ方や心の動きなんかのパターンを掴んでいけると、運気って天中殺だけじゃないって思い知るし、天中殺なんてビビるもんじゃないんだ!ってことが分かってくると思いますよ☆彡

虹色道子

タマシイに喜びを ココロ軽やかに その行く道を虹色に